2009年7月 6日
食育とファーストフードへの批判
国会で、無国籍で脈絡のない料理では「ファーストフード予備校」であり食育とはいえないのではという指摘がなされ、政府としても米食や日本型食生活を増やしたいとの意向が表明されている。
食育基本法の訂正に伴ってマクドナルドが食育に力を入れることを表明し、そして学校でハンバーガーの授業が行われるようになった。これに対して、「企業が社会貢献するのは結構だが、こうした食品では食育と矛盾するのではないのか」という批判も起こった。
幕内秀夫は、食育基本法の制定に伴ってジャンクフードの販売業者が食育という言葉を利用して出張授業などを行うようになったことを批判している。
小説家の村井弦斎が石塚の著書を読んで共感しており、1903年(明治36年)に著した『食道楽』の中で「食育」という言葉を使用した。
左玄の説を実践する団体として「帝國食育會」という団体があった。その後、政財界の援助により石塚の食物養生法を啓蒙する団体として「食養会」が結成された。食養会の関係者が「食育」を唱えていた。 しかし、一般にはほとんど知られていなかった。
戦後、食養会の会長にも就任したことのある桜沢如一の起したマクロビオティックや、玄米健康法の関係者、有機農業・自然食品業界に石塚説が伝承された。昭和50年代になると、石塚説に基づく代替医療業者が、科学文明や現代社会は間違いだと主張する文脈で「食育」を唱え始めた。
平成14年11月21日、自民党の政務調査会に「食育調査会」が設置された。その目的は、産地偽装など食の安全を揺るがす事件が多発したことから、食育で消費者の不安や不信感を取り除くことだった。 だが一連の事件の多くは、消費者を蔑ろにした私利追求が原因だった。消費者の不安不信を取り除けば、事件の反省や再発防止策が不要になる上、一般人の知らない言葉をスローガンに掲げたことから、マスコミや研究者等が関心を抱き、語源を探した。この結果、歴史に埋もれていた石塚・村井が再び陽の目を見る。翌15年に時の総理・小泉純一郎の施政方針演説に取り上げられて「食育」が一般化した。
1988年(昭和63年)には、小泉純一郎が厚生省としては食が一番大事なのではないかと述べていた。1993年に厚生省監修で『食育時代の食を考える』という著書が出版されている。服部幸應は自分の書いた1998年出版の『食育のすすめ』を厚生大臣の頃の小泉純一郎が読んだからと説明している。またマクロビオティックの久司道夫は議員会館で講演を行っていた。多いときには議員が80人ぐらい集まるときもあった。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
食育基本法なんてものがあるようです。びっくりですね。
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