2008年01月30日
武士っていつから
いなくなったんでしょうね。
武士(ぶし、もののふ)は、10世紀から19世紀にかけての日本に存在し、戦士を本分とするとされた宗家の主人を頂点とした家族共同体の成員。古代末に発生した武士はその武力で古代を終焉させ、中世社会で主導的役割を果たし、近世で完成された社会体制を築き上げた。武士の概念は時代により微妙に変化しており、一言では言い表すには難しいが、各時代でも共通しているのは武装した私兵集団の構成員だという点である。ただし、武装した私兵集団が全て武士であるとは言えず、公的な軍事警察力の担い手としての社会的な公認がなければ武士と認められなかったこともまた、強調しなければならない。同義語として武者(むしゃ・むさ)武士 また、武士の起源に関しても諸説が有り、まだ決定的な学説があるわけではない。武士の起源に関する学術的研究は明治時代以降に始まった。武士の起源研究は「日本の歴史における中世の発見」と密接に関わっている。 同義語→武者(むしゃ・むさ)
以下、まず古典的「開発領主」武士起源論と近年流行の「職能」武士起源論を記述する。
武士起源研究は中世の発見と密接に関わっている。明治時代の歴史学者三浦周行らによって日本にも中世があったことが「発見」された。当時の欧米史学では、中世は欧米特有なもので、近代へ発展するために必須な時代とされていた。アジア・アフリカはいまだ(当時)古代社会であり、欧米のような近代社会に発展することは不可能とされていた。三浦らは、ヨーロッパの中世が、ゲルマン民族の大移動によって辺境で発生した「武装した封建領主」である騎士によって支えられていたことに着目し、日本で平安時代中期から東国を中心とした辺境社会で活躍した武士を騎士と同じ「武装した封建領主」と位置づけ、アジアで唯一日本にも中世が存在したことを「発見」し、日本は近代化できると主張した。武士は私営田の開発領主であり、その起源は、抵抗する配下の農奴と介入する受領に対抗するために「武装した大農園主」が起源とする。この古典的な学説は広く受け容れられ、戦後も学界の主流を占めることとなった。唯物史観の影響を受け、武士は古代支配階級である貴族や宗教勢力を排除し、中世をもたらした変革者として石母田正らによって位置づけられた。
しかし、「開発領主」論では全ての武士の発生を説明できたわけではなかった。特に、武士団の主要メンバーである源氏、平氏、藤原氏などを起源とする上級武士や朝廷、院など権門と密接に結びついた武士の起源を説明できない。
そこで佐藤進一、上横手雅敬、戸田芳実、高橋昌明らによってこれら在京の武士を武士の起源とする「職能」武士起源論が提唱された。
(以上、ウィキペディアより引用)
今で言うとセキュリティ?ではないか。
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